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大河ドラマ「おんな城主 井伊直虎」

2016年12月14日(水)

 2017年1月からNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」が始まります。

 主人公となる「井伊直虎」の生涯を紹介します。

 まず、井伊家の由来は、寛永7年(1010年)八幡宮(龍譚寺)で神主が捨て子を見つけ育てた。その子が7歳になったとき、遠江国(トウトウミノクニ)の巡検使藤原共資という者が貰い受け、名を共保とつけた。15歳になると元服させ、自分の娘と結婚させた。その後共保は、この井伊谷を統合し、井伊家の初代となる。初代共保から数えて十三代目にあたる井伊直平のころから、井伊家は駿河国の今川氏に服属するようになった。

主人公の井伊直虎は、井伊家当主の井伊直盛の一人娘として生まれ、名を祐円という。

直盛夫妻に男子はなく、幼くして分家の嫡男・亀之丞(のちの直親)と結婚し、当主の妻となるはずであった。ところが井伊家は、今川義元の支配下にあり、亀之丞の父・直満は、井伊家筆頭家老の小野道高の讒言により、今川家家臣たちに斬殺される。

 9歳の亀之丞も命を狙われるが、南渓和尚(直平の四男)によって救われる。その後祐円に今川家の縁戚の者か、小野道高の息子・道好と結婚せよと圧力がかかるが、自ら出家して拒絶した。菩提寺南渓和尚は、祐円の名を「次郎法師」と男の名をつけた。

 亀之丞が無事井伊谷に帰還するが、出家した祐円には、還俗(俗人に戻ること)することを拒み、もはや亀之丞との結婚はかなわないこととなる。その後亀之丞は、井伊家を継ぐため直親と名を変え、奥山家の娘と結婚する。そして、桶狭間の合戦で父直盛が今川義元とともに討ち死にしてしまう。後を継いだ直親は、今川氏真に暗殺される。曽祖父直平や重臣たちも次々と戦死し、直親の嫡男である幼い虎松を除いて、井伊家の男たちは皆死んでしまった。

 井伊谷城から城主がいなくなってしまった。このままでは、井伊谷小野道好のものになってしまう。そこで南渓和尚は次郎法師を男として還俗させるという驚くべき案を出す。次郎法師は、自ら「直虎」と名乗り、虎松(後の直政)の後見人として城主となる。今川に女城主となることを認めさせた直虎は、商人の瀬戸方久の力をかり、復興政策を進める。

 今川の没落は、遠江を戦乱に巻き込み、北は武田信玄、西から徳川家康駿河遠江領を狙う。直虎・南渓和尚が相談し、虎松を家康に会わせ出仕させることとなった。

 武田家は天目山の戦いで滅亡し、織田信長明智光秀の謀反にあい自害した。家康が明智光秀の追っ手から逃れるため、伊賀の山越えをして、三河へ帰国することに決めた。このとき、井伊直政が地元の国人を味方につけ交渉役として十分な働きをした。

 以来、井伊藩は井伊直弼桜田門外の変で暗殺される)までに四代五度の大老を出し、幕府の舵取りを担ってきた。

 次郎法師直虎は、心臓の病で龍譚寺で南渓和尚に看取られながら息を引き取った。47歳であった。戦国時代に女性の城主となる人物がいたことは大変珍しいことなんです。