日本サッカーのシンボル「八咫烏」(やたがらす)と「能」発祥の地「新熊野神社」
JR奈良線・京阪電車「東福寺」駅を下車し、約15分ほど北に行くと「新熊野神社」が位置しています。
「新熊野」と書いて「いまくまの」と呼びます。
この神社は、後白河上皇が平清盛に命じ、熊野の神を勧請した神社です。
境内の大樟は、熊野より移植した後白河上皇の手植といわれ、樹齢900年になる大樟です。
この大樟は、お腹の神様として親しまれています。
また境内にある「さすり木」は、安産のご利益があるといわれ、多くの人にさすられています。
足利三代将軍の面前で、能楽の祖観阿弥・世阿弥父子が「猿楽」を演能したことから、2人を観阿弥・世阿弥と名乗らせることとなった機縁の地です。
八咫烏(やたがらす)の由来は、日本統一を成し遂げた神武天皇の軍隊を熊野から大和へ導きいれる道案内の役割を果たしたと伝えられています。
新熊野神社の御神鳥の八咫烏(やたがらす)は、「太陽の使者」ともいわれ、三本の足があります。この三本の足は、天・地・人をあらわしています。
また勝利へと導く神としてスポーツ界で注目されています。
日本サッカー協会のシンボルとして有名な八咫烏は、神武天皇の故事に習い、ボールをゴールに導くようにとの願いが込められています。
新熊野神社の御神木「椥(なぎ)の木」は、災いをなぎ払うといわれ、平和を招来するといわれています。
また梛の葉は、切れにくいことから縁結び、二つ並んで実をつけることから夫婦円満のご利益があるとされています。
この新熊野神社のほか、熊野神社、熊野若王子神社を併せて「京都三熊野神社」と呼ばれています。